ゆーすけのブログ

思いつき小説

いざ、ゆかん。

   フリィップ氏との対談は来週の金曜日に決まった。世界的不動産グループの会長と直で話せる機会などそうそうない。金曜日の対談いかんによっては我が社の今後の展望にかかわってくる。つまり私は我が社の重責をひとりで抱えることになる。
  フリィップ氏は健康問題について話合おうとおっしゃっていた。そこで私は健康に関する本を神保町まで行き買いあさり、徹底的に読みまくることにした。
  病理学、薬学、栄養学、各種スポーツ理論から、セラピー、果ては東洋医学まで。
  もちろん日常業務としてのルート営業もあったが、そこはこの前失態を犯した後輩の野々村に回らせることとした。少々荷が勝ちすぎるところはあったが、それなりの負荷を与えなければ下は伸びない。
「先輩のルート僕がやるんですか?」
  流石の野々村もこれには血の気が引いたようだ。
「そうだ、君にもそろそろ適切な負荷を与えないとね、将来我が社の次期エースとして活躍してもらうのだから。」
   わずかに野々村の顔が気色ばんだのは見逃さなかった。まあわりかし単純だよな。
「じゃあ最低限のサポートと引き継ぎはお願いしますね。」
「あと、せめてもの情けとして、法人営業部二部の佐々木さんの下で動いてもらうから」
「佐々木さん?!ウチのエースの佐々木さんですか?」
「そうそう、彼女には話を通してあるから、挨拶に言ってこいよ」
「それはもう!じゃあ早速言って来ます!」

  ゆかり、いや佐々木と野々村は案外相性いいと思うからまあ大丈夫だろ。

  ルート営業がなくなってからというもの健康関連の知識はかなり吸収されてきた。これならばどんな話題が来てもある程度は返すことが出来そうだ。

  面談の三日前、一通の手紙、それはフリィップ氏の側近からだった。
“Dear, George takeda

この度は御多忙にもかかわらす、対談のオファーを受けていただきありがとうございます。今回フリィップもこの対談を楽しみにしております。お互いに是非有意義な時間を過ごせますことをご期待しております。
唐突ですが、貴殿は持病等をお持ちでしょうか?もし持病をお持ちでないなら、返信不要です。持病のお持ちの場合は持病の詳細を返信していただきたい。
この質問は今回の対談で必要不可欠になるためお伺いさせていただいた次第です。
では、当日お会い出来るのを楽しみにしております。 

                                                 Sincerely”
  その他面談の場所、日付、地図が書かれた用紙が書かれた紙が一枚。
ウェリントンホテル東京、一三××号室”

「もっとフランクな会談だと思っていたが、案外気合いが入っているな。付け焼き刃の知識で大丈夫か?それとも何か狙いがあるとか?」

まあいいだろう、今日は水曜日。定時で上がれる。早くダラダラしよう。

であっという間の金曜日到来。
「なんとしても、フリィップ氏と懇意になるんだ。わかってるよな?このことは重役ならびに社長たっての希望だ」
「はい、わかってますよ。というか課長こそ大袈裟じゃないですか?ただ対談するだけですよ?」
  ヤバイ、これは説教スイッチ入れてしまった。
  案の定、課長の顔色がみるみる変わって行くのがわかる。総務課の女の子クスクス笑ってるし。
「とにかく万全をきして早めにでます、言ってきます」

  こうして、フリィップ氏のいるウェリントンホテルへと私は向かった。        電車の中手紙に書いてあった病気の有無の意味をひたすら考えていた。どうして病気の有無など聞いてくるのか?仮に病気を持っていたらどうなるのか?向こうの狙いは何か?

  考えて考えあぐねたうちにいつの間にか、最寄り駅について慌てて飛び降りる。
  ウェリントンホテルは外資系の超一流ホテルであり、まさに超高層ホテルと呼ぶにふさわしい。まず自分の給料では来れないだろうなとか無駄なことを考えながら、フリィップ氏の待つ部屋へ受付で通してもらう。

  美しいシャンデリア、身体を包み込むソファー、手入れのいきとどった観葉植物、そこで待つこと10分。

   ハリウッド俳優顔負けの美男子がこちらに向かってくる。
「武田譲二さんですか?」
  完璧な日本語で話かけられややパニックになりながらもなんとか同意する。
「ようこそ、わざわざお越しいただきありがとうございます!では早速ですが、お部屋にご案内致します」
  身長はゆうに180cmを超える、短髪、ブロンド、ブルーアイ、仕立ていいスーツはバーニーズかブルックスブラザーズあたり?紺スーツが憎いほど似合っている。痩せ型ではあるが、適度に筋肉はついてそうだ。
「失礼ですが、携帯電話は電源をお切りください、それとICレコーダーの類がありましたらお預かりします」
ICレコーダーは持ってなかった、携帯電話をOFFにした。
「ありがとうございます。ではこちらの部屋になります。どうぞ」
   部屋に入るとすぐ正面にフリィップ氏がニコニコしながら立ち上がり迎えてくれた。
「よく来てくれたね、楽しみにしてたよ」
「こちらこそ、お時間いただき恐縮です」 
「まあリラックスしていこうか、コーヒーでもどうだ?」
「ありがとうございます、いただきます」
  そこへ、今度はアジア系スレンダー美人がコーヒーを持ってきた。日本人?中国人?とにかくこの人もその辺の女優が裸足で逃げるほどの美人には違いなかった。

今思うと私はここで帰るべきだったのだ。
今でも自分の判断が悔やまれる。もしこの時帰っていれば、今ごろどうなっていたのだろう?