ゆーすけのブログ

思いつき小説

「“縁”?」

「そうだ、この一連の流れを総称して“縁”と呼んでいる。まあ一般的には運と呼ばれているので、そちらのほうがイメージが湧くだろう」

 私は少なからずこの運に関しての話に興味がでたので質問をしてみた。 

「この“縁”というものは“情け"と”感謝”のふたつが行われないと発生しないのですか?」

「その通り。例えば“情け"を与える相手が拒否したらそこで“縁”は成立しない。また“情け”を与えた人間が自分のところにきた“感謝"を受け取らない場合も縁にはならない」

「なるほど。“縁”が成立しない場合は当然のことながら他人にも連鎖しないですよね。」

フリィップ氏はさも当然という風にかぶりをふった。考えてみれば、条件を満たしていないので当然のことだ。

「また“縁”の力は介在する人間が多ければ多いほど、その力は増長する。そしてスピードも早まる」


 要約すると“縁”は他人に何らかの働きかけをすることで、その力が自分に返ってくると、そしてその力は他者にも及び、連鎖すればするほど強くなるというものだ。
  「君は欲しいか?このチカラを」
 一瞬、時間が止まったかと思った。何を言い出すのだこの人は?
 「そうですね、ただこの作用はもらうものなんですか?どちらかというと運命論の話かと思ってましたが」
「私がたんに君に運命論を説いてどうなる?ただでさえ忙しいこの時期にそんな話をするためだけに君を呼ぶか?」
  確かに、フリィップ氏は世界的大富豪にしてフリィップグループの総帥、たかが極東の一会社員に説教を垂れるのは自然ではない。
 しかし、話が抽象的すぎて私には何がなんだかわからない。この話がどう取引と関係あるというのか。
 「わかった。簡潔に言おう。この忌々しい能力を君に譲る」
「能力とは今説明した“縁”の能力を使えば使うほど強化できる能力だ。つまり君の見返りは君次第で何十倍にも何百倍にも増える。そしてまた見返りの速度も早くなる」
  フリィップ氏はおもむろに指で例の黒服を呼びよせた。
 「こういうのは見せたほうが話が早い。
今から私はとある国のとある地域に募金をする。もちろん善意でだ。場所、どこにするか、君が選んでくれ」
「わ、私ですか、そんな大事なことは」
フリィップ氏は眉毛で睨めつけるようにこちらを眺めた。無言の圧力、その雰囲気はまるで冷風をあてられているかのようで力強く、強引だ。
 「わかりました、では国を愛するものとして日本でお願いします」
 「いい選択だ。海外だと募金がなされたかどうか確認しづらいからな。では福島に私はポケットマネーで一億ドル募金する。確認してくれ」
 黒服が持つノートPC画面では確かに送金されましたと記載がある。NPO法人地方自治体、地元企業など複数に募金したようだ。
 やわら、けたたましい電子音が鳴り響く。
 「フリィップ様、例の子会社の上場成功により新株の価値が五十億ドルになりました」
 ほんの数分のことだ。私はフリィップ氏の募金を確認した、その後に上場成功の連絡、もちろんこれを偶然と見なすことも出来るが。
「わかりづらいだろうが、こういうことだ。他人に情けを送ると何らかの作用が働き返ってくる。今の場合は五十倍の見返りだったな」
 「・・・」
「まあ今の話が仮にやらせだとしても、君にとっては何のデメリットもないだろ?むしろ私が変人だという情報が手に入るわけだからプラスか」
 「いえ、そのような意味ではなく、あまりに私の想像の範疇を超えているためなかなか飲み込めていません。つまりは・・・」
 そうフリィップ氏は私に何を望んでいるのか、すべてはそこに帰結する。
 「実はこの能力を獲得するには犠牲を払わなくてはならない。まず現在健康な人間が能力を手に入れる代わりに慢性的な持病を受け入れること、これがこの能力獲得の条件だ」
「なるほど、ところでフリィップさんはこの能力を渡したいとおっしゃりました。とするとフリィップさんはこの能力を失い、私にこの能力が移ると考えてよろしいですか?」
「ああ、その通りだ。この契約が成立すれば私はこの能力を失う。そしてまた私の持病もじきに回復に向かう。あくまで能力とセットの病気だからな」
「どの病気に罹患するか検討をつけることは可能ですか?」
「もちろん、リン来なさい」
 アジア系スレンダー美人が涼しくしかし凛とした態度で私の目の前に歩み寄って来た。
「この、リンは私のメディカルサポートをしてくれるドクターだ。君がかかりそうな持病をリストアップしてくれた。見るかな?」
  私はこの時不安に襲われた。まるでがん患者ががん宣告を受けるような、受け入れ難い恐怖感、絶望、そういった感情がミキサーに入れたようにバラバラになり私の心は混乱し始めた。
 「やはり、聞くのはやめます。私は病気と知ったら何をするかわかりません。それほど精神力は強くないので」
 フリィップ氏はリンと目配せしながら、何か悟られていたかのように平然と構えていた。その余裕はいったいどういうことなのか全くわからない。
「では、改めて聞こう。君は今説明したことは理解したか?」
「はい、理解はしました」
「この能力を引き受けるか?」
「・・・」
「10秒やろう。10秒以内に返答がない場合はこの取引はなかったことに」
 この瞬間私に選択肢はなかったとだけ弁明しておこう。会社からのフリィップ氏に近づけという厳命から見てももう返事は決まっている。それはさも当然のような、鮮やかなイエスだった。
「グット!取引成立だ!君は私の能力を引き継いだ。あとは君次第だ。どう使うかは自由。使わない選択肢もある。ただ、使ってみて判断してみるといい」  
「わかりました」
 「私はしばらく日本にいる。情けとして君のサポート役を二人つけよう。先ほどのドクターのリン、トラブルシューターのウィルだ」
 例のハンサムと美人が私の目の前に立ち握手を求めて来た。ハンサムの方は気さくでニコニコしている。一方の美人は必要最低限の挨拶をこなすとふたたび椅子に座り始めた。
 「今日の取引は以上だ。長い間付き合ってくれてありがとう。私は肩の荷が降りた。感謝してる」
フリィップ氏は安堵の表情を浮かべながら、静かな口調でそういった。

窓の外はすっかり暗闇に包まれ、宝石のような煌びやかな夜景が語りかけてくる。まるで生命の輝きのような強い光。
今私が飲んでいるシャンパンの淡い輝きはそれに比べると儚い。
そうしてフリィップ氏との会談は食事をしながら幕を閉じた。
一抹の不安は決して消えてくれなかった。