能力
「君とある取引がしたい」
ひとしきりの雑談を終えたあと、フリィップ氏はこう持ちかけてきた。
雑談の内容は家族関係のことから、友人関係の話、そしてとりわけ突っ込まれたのは、私の病気に関する話だ。
「今まで過去に重大な病を患ったことがあるか?」
「手術の経験はあるか?」
「家族でうつ病や統合失調症等の精神疾患にかかったことがある人がいるか?」
これらはほんの一部だが、概ねそういった類の質問をされた。
私は健康だけが取り柄といってよいほど病気とは無縁の人間だ。健康診断では常に問題なし。虫歯の一本すらない。もちろん答えはすべて、いいえ。
フリィップ氏は隣にいる例の美人と目配せし、その美人はなにやら一心不乱にパソコンに入力している。
また例のハンサムもこちらを見ながら微笑をたたえ直立不動を維持している。
「取引ですか?」
「そう、取引だ。それも君との個人的な取引」
「つまりビジネスではないと、フリィップさんと私の直接取引ですか?」
「いかにも。君は運についてどれくらい信じているか?」
「運ですか?それは運の存在は否定してはいませんが、運の良し悪しは解釈によるのでは?」
「そう、運とは不確実性が伴うものでコントロール出来ないもの、また天から降ってくるようなもので非常に曖昧なもの。一般的にはそういう解釈だろう」
フリィップ氏は碧眼を光らせながら静かな口調でそういった。
「ええ、私もそう思います」
「これから話す内容はやや荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、よく聞いてくれ」
そしてフリィップ氏は紙とペンを持ち出しなにやら書き始めた。
「日本では古くからの諺に“情けは人のためならず”という諺があるね?」
「ええ、他人にいい行ないをすれば巡り巡って、自分にいいことが返ってくる、そういう意味でしたね」
フリィップ氏は紙に自分と書きその周りに円を書いた。そして同じく他人と書きその周りに円を書いた。
そして自分から他人の間に矢印を書きその上に“情け”書いた。
「この一方向の流れを“情け”と呼ぶ」
私はとりあえずフリィップ氏の話を全部聞こうと集中していた。
フリィップ氏はふたたび円をランダムを書き始め、その円の中に他者と書き始めた。そして今度はビリヤードが玉突きを起こすように直接を書きそれらを連鎖させるように繋げていった。
「こういう一連の流れで“情け”は連鎖する」
そして今度は始めの自分というところに直接を繋げた。その直接の上に今度は“感謝”と書いた。
「そして最終的には自分に帰ってくる。これが運のシステムなのだが、ここでは“縁”と呼ぶ」